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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)787号 判決

原告 明倫生協株式会社

右代表者代表取締役 小川倫右

右訴訟代理人弁護士 山口親男

同 木上勝征

神奈川県秦野市堀川六六七番地

被告 岩田角蔵

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 林健一郎

主文

被告岩田角蔵は原告に対し、金二〇二万円と、内金一五〇万円に対する昭和四三年九月二一日以降支払済まで年六分の割合による金員、内金五二万円に対する昭和四三年三月一日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告山田巴江は原告に対し、金一五二万円と、内金一〇〇万円に対する昭和四三年九月二一日以降支払済まで年六分の割合による金員、内金五二万円に対する昭和四三年三月一日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その四を被告両名の連帯負担、その二を原告の負担とする。

この判決は、原告において、被告両名に対し各金三〇万円の担保を供するときは、主文一、二項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し、各自金二九五万円及び内金五二万円については昭和四三年三月一日より、内金四八万円については昭和四三年三月六日より、内金四五万円については昭和四三年四月六日よりいずれも支払済まで年五分の割合による金員、内金一五〇万円については昭和四三年九月二一日より支払済まで、年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

第一、≪省略≫

第二、(1) 別途、原告は被告岩田に対し、昭和四二年一一月二九日、原告振出にかかる別紙目録(二)記載の約束手形四通を手渡し一ヶ月以内に、第三者からの割引方を依頼した。

(2) 原告は被告岩田が第三者から右期間内に手形の割引を受けることができなかったので、同四二年一二月下旬、右手形四通の返還を求めたところ、被告岩田は右手形のうち別紙目録(二)記載(3)の手形(額面五五万円)一通を返還したが、他の手形三通については被告山田と共謀し、被告岩田から被告山田に、同被告から訴外小菅努に順次裏書譲渡し、支払期日に支払のための呈示がなされるに至ったため、原告は同目録記載(1)の手形(額面五二万円)については不渡処分を免れるための預託手続をとることが遅れて支払拒絶をなすことができず、支払期日に手形金五二万円の支払をなし、同目録記載(2)と(4)の手形(額面四八万円と四五万円)二通分については、不渡処分異議預託手続のため同額の預託金の支出を余儀なくされた。もっとも右預託金返還請求権は原告において現在保持しているが、右(2)と(4)の手形の善意取得者が原告に手形金の支払請求をなすに至った場合右手形金の支払を拒絶し得ない羽目に立至っているものであり、株券や手形が譲渡横領された場合、それだけで損害の発生があったとみるべきである。従って原告は被告両名の共同不法行為により、別紙目録(二)記載(1)(2)(4)の手形金額合計一四五万円と各支払期日以降年五分の割合による損害を蒙った。

(3) かりに、被告山田に被告岩田との右共謀の事実が認められないとしても、少くとも被告山田は被告岩田が右手形四通を原告から割引方の依頼を受けて所持するに至ったもので当時既に原告に返還すべき手形であることを知りながら裏書譲渡を受けたものであり右裏書譲渡を受ける行為は賍物収受ないしは故買に該当し、被告岩田の右約束手形(1)(2)(4)三通の横領行為を容易ならしめた不法行為に該当するから共同不法行為者として前記と同様の損害賠償義務がある。

(4) よって、原告は被告両名に対し、不法行為による損害賠償として金一四五万円と、内金五二万円に対する(1)の手形の満期日の翌日たる昭和四三年三月一日より、内金四八万円に対する(2)の手形の満期日の翌日たる昭和四三年三月六日より、内金四五万円に対する(4)の手形の満期日たる昭和四三年四月六日より各支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

と述べ(た。)

≪証拠関係省略≫

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、≪省略≫

二、(1) 請求原因第二の(1)の事実中、被告岩田が原告主張の日、その主張の約束手形四通の交付を受けたことは認めるが、右約束手形は割引依頼のため交付を受けたものではなく、前記九州観光株式会社設立事務費用にあてるため原告から交付を受けたもので、被告岩田が要した右事務費用に当然充当しうるものである。

(2) 同第二の(2)の事実中、被告岩田が額面五五万円の約束手形(別紙第二目録記載(3)の手形)を原告に返還したこと、及び他の約束手形三通を被告山田に裏書譲渡し、被告山田がこれを更に訴外小菅努に裏書譲渡したことは認める。しかし、被告岩田が原告から手形の返還を要求されたこと及び共謀の事実は否認する。その余の事実は知らない。

(3) 同第二の(3)の事実は否認する。

と述べ(た。)

≪証拠関係省略≫

理由

一、請求の原因第一の(1)、(2)の事実は、当事者間に争いがない。右事実によると、被告岩田が九州観光株式会社設立事務所として自己名義で訴外三晃ビルディング株式会社より賃借した数寄屋ビル一〇階事務所の敷金は、全額右設立事務を被告岩田に委任した原告の出資によるものであり、被告岩田が右敷金の返還を受けとった場合、これを原告に引渡す義務あること明らかである。しかるに、≪証拠省略≫によると、被告岩田は昭和四三年三月一九日、右訴外会社との間の前記賃貸借契約を解約し、即日訴外会社から前記敷金の返還方法として、別紙目録(一)記載の約束手形三通額面合計一五〇万円を受取り、原告から昭和四二年五月二一日付の内容証明郵便等を以って、再三、その返還を要求されたにもかかわらず、任意その返還をなさず、又、原告の同被告に対する右手形三通についての同被告の占有を解き執行官の保管に移す旨の当庁昭和四三年(ヨ)第三八一号仮処分も、その執行の目的を達するに至らなかったことが認められる。以上の事実によると、被告岩田は右手形三通を他に譲渡するなどして横領し、その占有を有していないものと認めざるを得ない。そして弁論の全趣旨によれば右手形が支払期日に訴外三晃ビルディング株式会社により支払われ、右手形振出の原因関係たる訴外三晃ビルディング株式会社の敷金返還債務が消滅したものと推認され、最早や原告が手形上の権利を回復して行使することが不能に帰したものと認めざるを得ないから、被告岩田は原告に対し、右手形三通を他に譲渡横領した不法行為に基く損害賠償として、右手形三通の額面合計額一五〇万円と各手形の満期日の翌日たる昭和四三年九月二一日以降完済迄商事法所定年六分の率による割合の遅延損害金の支払義務があるといわねばならない。

二、次に請求原因第二の(1)の事実中、原告が被告岩田に対し昭和四二年一一月二九日、別紙目録(二)記載の手形四通を交付したことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によると、原告会社は昭和四三年度末の資金繰りのための融資を得る目的で、右手形四通を被告岩田に割引あっ旋方依頼して交付したことを認めることができる。被告らは右手形四通は九州観光株式会社設立のための事務費用に充てるために、原告から交付を受けたものである旨主張するが≪証拠省略≫に照し採用し難い。ところで右四通の約束手形中、別紙目録(二)記載の(3)の手形(額面五五万円)一通が原告に返還されたことについては当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると被告岩田は同目録記載(1)(2)(3)(4)の手形四通を被告山田に裏書譲渡し、被告山田は右手形四通のうち(3)の手形を原告に返還し、残余の三通を更に訴外小菅努に裏書譲渡し、訴外小菅努においていずれも右手形を支払期日に支払のため呈示したこと、原告は右三通の手形のうち最も早く支払期日の到来した前記(1)の手形(額面五二万円)については不渡処分を免れるための預託手続が遅延し、結局右手形金の支払をなしたこと、残る前記(2)(4)の手形(額面四八万円と四五万円)については不渡異議預託手続をなして手形金の支払を拒絶していることが認められる。右事実によると被告岩田は同目録(二)記載(1)(2)(4)の手形三通を割引あっ旋依頼の趣旨に反して第三者に裏書譲渡して横領したものというほかなく、これによって原告の蒙った損害は被告岩田において賠償義務あること明らかである。そして前記(1)(2)(4)の約束手形中、原告が振出人としての責任上、手形金の支払をなした右(1)の手形金五二万円が被告岩田の賠償すべき原告の損害たることはいうまでもないが、右(2)(4)の手形については支払銀行に不渡異議預託をしたに止まり、未だ手形金の支払を拒絶し原告において預託金返還請求権を保持している以上、将来、手形の善意取得者から手形金の支払を訴求された場合において、その支払請求を免れることができないというだけの事由をもっては、右(2)(4)の手形額面相当の損害の発生があったとすることは出来ない。

原告は自己振出手形にかかる手形を横領された場合と、受取手形を横領された場合とを区別することなく、横領者が手形を第三者に譲渡しただけで当然手形金額相当の損害があったとみるべきである旨主張するが単なる自己振出手形を占有すること自体は何等積極財産的価値を有するものでないから、積極財産的価値を表彰する株券や受取手形が横領されて当該権利者が現に株主権の行使や手形債権の行使を阻害され権利喪失と等しい危険にさらされている場合と事情を異にするというべきである。従って、株券や受取手形が譲渡横領された場合にあっては、善意取得者の確定、いいかえれば当該権利者の株主権や手形債権の確定的喪失の判断をまつまでもなく、当該証券の横領者が、他に裏書譲渡したというだけでも、横領者において該証券の占有を権利者に回復してやるか、少くともその回復が容易で権利喪失の危険がないことを証明しない限り、確定的な損害の発生はないという主張を以て損害賠償義務を免れないというべきであるが、自己振出手形を横領された場合にあっては、その占有の喪失も善意取得者が手形金の請求をなした場合においてだけ、その支払請求を免れない危険を負っているに過ぎず、未だ現実的に手形金額相当の具体化した損害発生はないとみるのが相当である。この点についての原告の主張は採用できない。

そうすると、原告の被告岩田に対する請求原因二の損害賠償の請求のうち、別紙目録(二)記載(1)の手形を横領されたことによって蒙った損害金五二万円とこれに対する右手形の支払期日の翌日たる昭和四三年三月一日以降年五分の割合による損害金の支払を求める限度で理由があり他は失当といわねばならない。

三、次に原告の被告山田に対する各請求につき判断する。原告は被告山田が、被告山田と共謀の上、別紙目録(一)(二)記載の各手形(但し目録(二)の(3)の手形を除く)を横領したものであるから、被告山田は、共同不法行為者として被告岩田と連帯して損害を賠償すべき義務がある旨主張する。

≪証拠省略≫を綜合すると、原告会社が最初に被告岩田と接触を持つに至ったのは、昭和四二年六月頃、原告会社の常務取締役松永実が、原告会社に対する融資先を処々打診しているとき、東京設計管理センター中村社長から被告山田の彼氏で相当多額の資金を導入しうる人物がいる旨聞き及び、東京池袋所在の喫茶店において、右松永が被告両名と面談し原告会社への資金導入につき話し合ったことに始まるものであるところ、当時、被告山田は被告岩田の内妻で、被告岩田は被告山田の住所地で生活をしていたと認められるから、被告岩田の職業及び原告会社と被告岩田との関係につきかなりの程度に認識していたものと認められる。しかるところ、被告山田は、被告岩田から別紙目録(二)記載の四通の手形の裏書譲渡を受け、そのうち同目録(3)の手形を原告会社の要求により返還し、残る(1)(2)(4)の手形を訴外小菅努に裏書譲渡していること、又別紙目録(一)記載の手形三通については、原告会社において、昭和四三年末頃、前記松永実をして被告岩田から右手形の返還を求めるべく上京せしめたものの、被告岩田には遂に会えないままであったが、被告山田には来訪の仔細を説明していたものであったところ、原告会社が被告岩田を相手方とし、右三通の手形の執行官保管の仮処分決定を得、当時、被告山田方居住の被告岩田に対してその執行をなした際、被告山田は執行官と同道した原告会社の木村繁に対し、右三通の手形のうち二通を自己において第三者から割引き譲渡したので被告山田自身が原告会社から、右二通の手形額面相当の金員を借用したことにして頂きたい旨申出た事実があることをそれぞれ認めることができる。そして、一般に夫婦の間において、高額多数回の手形の授受を要する取引は特殊異例な場合に属すると考えられるが、本件の場合においては、被告岩田から被告山田に対し、別紙目録(一)記載の手形二通及び目録(二)記載の手形四通総額面三〇〇万円に及ぶ手形の授受がなされているのに、被告らは、両者間において、手形授受の原因関係事実について何等主張して反証をなすこともせず、被告ら各本人尋問の呼出にも正当の事由がないのに応じないから前記認定の事実と併せ考え、被告山田は別紙目録(一)記載の手形三通のうち二通及び同目録(二)記載の手形四通が、いずれも原告に返還さるべきものであることを知りながら、別段手形授受をなすべき実体上の取引関係もないのに敢えて被告岩田から裏書交付を受け、目録(二)記載の手形中(3)の手形を原告に返還しただけで、他は訴外人に譲渡したものと推認するのが相当である。

そうだとすると、被告山田は、被告岩田の手形横領に加担した限度で、共同不法行為者として損害賠償責任があるといわねばならない。それ故、被告山田は、原告の請求原因第一の請求については、被告岩田が横領した手形三通の額面金額一五〇万円中、手形二通分額面合計一〇〇万円と、その各支払期日の翌日たる昭和四三年九月二一日以降年六分の遅延損害金の支払義務の限度で被告岩田と連帯して損害を賠償する義務があり、請求原因第二の請求については、原告会社において現に損害の発生した別紙目録(二)記載の(1)の手形の横領分につき、手形額面金額五二万円とその支払をなした日の翌日である昭和四三年三月一日以降支払済まで民法所定年五分の割合による損害金の限度で被告岩田と連帯して損害賠償義務がある。

四、次に原告は請求原因第一の請求につき、被告山田に対する予備的請求の原因として、主位的請求と同様の不当利得に基く返還請求をなしているので、主位的請求において認容されなかった残余金五〇万円につき、更に不当利得返還請求の成否につき考えるに、被告山田が主位的請求において認容されなかった五〇万円につき利得をなしている何等の証拠もないから、原告の被告山田に対する不当利得返還請求は失当といわねばならない。

五、よって、原告の被告らに対する本訴請求は、被告岩田に対しては、金二〇〇万円と内金一五〇万円に対する昭和四三年九月二一日から支払済まで年六分の割合による損害金、内金五二万円に対する昭和四三年三月一日から支払済まで年五分の割合による損害金の支払を求める限度で正当として認容し、他は理由がないので失当として棄却し、被告山田に対しては、金一五二万円と内金一〇〇万円に対する昭和四三年九月二一日から支払済まで年六分の割合による損害金、内金五二万円に対する昭和四三年三月一日から支払済まで年五分の割合による損害金の支払を求める限度で正当として認容し、他は理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 松島茂敏)

〈以下省略〉

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